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2009年2月26日 (木)

翻訳のお勉強

しなきゃな。

3月22日には学校の試験があるのだ。

落ちることってやっぱあるのかな。

試験が怖い。

オチタラ ガクヒ マタ カカル コワイ

仕事を定期的に下さっていた出版社さんから連絡が来なくなっちゃったし。

まずいよね。

やばいよね。

あせるよね。

旅行に行ってる場合じゃなかったな。

リョコー コワイ オカネ カカル コワイ

金色夜叉 (新潮文庫) 金色夜叉 (新潮文庫)

著者:尾崎 紅葉
販売元:新潮社
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そういや、最近尾崎紅葉の『金色夜叉』読んだのです。なぜかって、仲の良い友人二人と熱海に旅行に行ったからなんだけど、行きの列車の中で、何を勘違いしたか、『伊豆の踊り子』を読んじゃったんだよね。近いだけになんだか恥ずかしい。

金色夜叉、不思議な感じ。

なんだかお宮のあまりの後悔っぷりに違和感を覚えた。だって無理やり結婚させられたわけではあるまいよ?自分で選んだ結婚なのに、まるで結婚相手の富山にだまされたといわんばかり。富山に同情してしまった。自分の犯した間違いの重大さに押しつぶされそうだったのかも知れないけど、でも罪のない富山にあんな仕打ちはない。(富山の視点がもっと読んでみたかったな。)富山の財産食い尽くして、貫一とも密会してっていう悪女になれば話は別だけど、まるで自分が被害者のようなあの態度はずるい。そしてなんだか、作者自身もお宮に同情してるみたいな感じに違和感。

ずるい。ずるい。お宮殿ずるい。

でもね、最後のお静のせりふには納得。

―女の惚れるには、見惚れに、気惚れに、底惚れと、こう三様あって、見惚れというと、ちょいと見た所で惚込んでしまうので、これは十五、六の赤襟盛に在る事で、ただ奇麗事だりさえすればいいのですから、まるで酸いも甘いもあった者じゃないのです。それから、十七、八から廿そこそこの処は、少し解って来て、生意気になりますから、顔の好いのや、扮装の奇なのなんぞにはあまり迷いません。気惚れといって、様子が好いとか、気合が嬉しいとか、何とか、そんな処に目を着けるので御座いますね。ですけれど、まだまだ猶且浮気なので、この人も好いが、またあの人も万更でなかったりなんぞして、つまりおなかの中から惚れるというのじゃないのです。何でも廿三、四からにならなくては、心底から惚れるということはないそうで。それからが本当の味が出るのだとか申しますが、そんなものかも知れませんよ。この齢になれば、曲りなりにも自分の了簡も据り世の中の事も解っているといった勘定ですから、いくら洒落っ気の奴でも、そうそう上調子に遣っちゃいられるものじゃありません、其処は何となく深厚として来るのが人情ですわ。こうなれば、貴方、十人が九人までは滅多に気が移るの、心が変るのというような事はありは致しません。あの「赤い切掛け島田の中は」という唄の文句の通り、惚れた、好いたといっても、若い内はどうしたって心が一人前になっていないのですから、猶且それだけで、為方のないものです。と言って、お婆さんになってから、やいのやいの言われた日には、殿方は御難ですね。―『新続金色夜叉』

   豹子頭 アラサーにして 未だ底惚れを知らず

なんだか、タイトルと内容があってないけど、ま、いっか。

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